
かつて甲子園で金農旋風を巻き起こした吉田輝星選手。まだ25歳と若いのですが、なんと引退の噂が出ているようなんです。
今回は吉田輝星選手の引退や噂や理由などについて調査しました。
吉田輝星の引退が噂された理由は?
まず、現時点で吉田輝星選手が引退したという事実、ないし引退する予定だという情報はありません。吉田輝星選手は高校野球で活躍した後、プロ野球の道に進み、現在もオリックス・バファローズに所属しています。
では吉田輝星選手の引退が噂された理由はどこにあったのでしょうか。一つずつ見ていってみましょう。
成績不振が引退噂の理由?
秋田県立金足農業高校の野球部でプレーし、第100回目となった2018年の夏の甲子園で大活躍、「金農旋風」を巻き起こした吉田輝星選手は、同年のドラフトで一度目の一位指名の抽選を外した北海道日本ハムファイターズから1巡再指名を受け、入団。甲子園のスターのプロ入りということで高い注目を集めていました。
ルーキーイヤーから4度の先発機会を得るなど、期待されていた吉田輝星選手。しかし二年目、三年目と、一軍で活躍できないシーズンが続き、プロの壁に阻まれることとなり、吉田輝星選手の引退の理由が噂されたようです。
斎藤佑樹の引退が影響?
ファイターズは甲子園のスターなど、プロ入り前から知名度の高い選手をドラフト一位で指名することが度々あり、かつては「ハンカチ王子」と騒がれた斎藤佑樹選手を一位指名、獲得していました。しかし斎藤佑樹選手は入団前の期待値に相当するほどの活躍を見せる事ができず、2021年に現役を引退しました。
吉田輝星選手はまだまだ若く、2021年頃に成績が落ち込んでいたからといって現役引退は普通に考えればずっと先の話だと思われます。しかし印象が重なるところのある斎藤佑樹選手が引退したことが、吉田輝星選手の引退の噂に影響していたかもしれません。
トレードが引退の噂の理由?
吉田輝星選手はプロ入り三年間、一軍では先発のみを行っていましたが、2022年にはリリーフ中心の起用に変わることに。先発登板4度を含む51試合登板を記録しました。しかし2023年には僅か3試合登板に留まり、同年のオフにバファローズへトレード移籍することとなりました。
トレードと引退を勘違いした人がいたことが吉田輝星選手の引退の噂の理由なのかもしれません。もしくは、トレード後に結果を残せないと戦力外通告を受ける可能性が高くなるので「トレードが引退のきっかけになるかも」という危惧もあったのかもしれませんね。
怪我が引退の噂の理由?
バファローズで迎えた2024年はシーズン50試合登板を記録し、防御率も3.32とまずまずの数字にまとめる活躍を見せました。しかし同年終盤に右肘を疲労骨折、更に2025年の2月に右肘内側側副靭帯機能不全、右肘内側側副靭帯遠位部骨片剥離の診断を受け、トミー・ジョン手術を受けることになりました。
この怪我や手術のニュースが引退の噂の理由になっているのかもしれません。競技への復帰を目指して手術をしているので、手術と引退は繋がらないんですけどね。
バファローズでの吉田輝星選手のピッチングは以下の動画をチェックしてください。
出典元:(パーソル パ・リーグTV公式)PacificLeagueTV
吉田輝星の現在は?
前述の通り、2025年に入って手術を行った吉田輝星選手は、その後実戦復帰へ向けてリハビリを行いました。2025年4月後半には本格的なリハビリをスタートさせており、自身のSNSなどでもリハビリの状況などを投稿、ただ、吉田輝星選手の手術を報じた2025年2月のネットニュースでは、「今季復帰は絶望的」とあった通り、2025年シーズンの実戦復帰は叶わず。
それでも2026年は実戦復帰、4月25日の試合で久々の一軍登板を果たしました。5月8日の登板が5試合目の登板、ここまで4試合でホールドを記録するなど大事な場面を任されており、失点もまだないという状況です。
吉田輝星の経歴
ここからは吉田輝星選手の経歴を振り返っていきます。
小学3年生で野球を始める
秋田県潟上市出身の吉田輝星選手。潟上市立天王小学校3年生の時に天王ヴィクトリーズで野球を始めました。潟上市立天王中学校でも軟式野球部に所属、野球を続けましたよ。
そんな吉田輝星選手が進んだ高校は秋田県立金足農業高等学校。同校は春夏通じて10回に迫る甲子園大会出場実績を誇る秋田の野球強豪校ではありましたが、一方で高校野球シーンに登場する学校の中では珍しい公立の農業高校でもありました。
金農旋風を巻き起こす
1年夏からベンチ入りした吉田輝星選手は、3年夏にエースとしてチームを引っ張り、県大会から夏の甲子園準決勝まで10試合連続完投勝利、甲子園で並みいる強豪校を相手に勝利し快進撃を見せ続ける金足農業の戦いぶりは多くの野球ファンを惹きつけ、「金農旋風」を巻き起こしました。公立校であり、選手全員が地元出身、更にレギュラーメンバー9人を基本的に交代しない野球スタイルなどが、金農旋風が巻き起こった理由であり、吉田輝星選手はその旋風の中心にいましたよ。決勝では惜しくも大阪桐蔭の前に打ち込まれることとなり、金足農業は準優勝となりました。
ファイターズに1位指名されプロの道へ
八戸学院大学への進学が既定路線だったという吉田輝星選手ですが、甲子園での活躍などを経てプロ入りを決意。同年のドラフト会議では根尾昴選手の抽選を外したファイターズが再指名という形で吉田輝星選手を指名し、高卒ながらドラフト1位でプロ入りを果たしました。
高卒ルーキーということで一年目は長らく下で経験を積むシーズンとなったものの、6月に一軍でプロ初登板初先発の機会を得て、5回1失点の投球で高卒新人プロ初登板初勝利を記録しました。
ファイターズ時代は苦戦
しかし、以降は2021年まで勝ち星が得られず、2020年は5先発、2021年は1先発と一軍の出番をなかなか得られない日々が続きます。2022年にはシーズン4先発を経験、更にリリーフとして大きく躍進し年間51試合登板する充実のシーズンになりましたが、同年のシーズン防御率は4.26、ホールド数も5と、大事な場面を任してもらえるような信頼を掴めた訳ではなかったのですね。翌2023年はキャンプで先発調整、シーズンでリリーフ調整など起用法が安定せず、一軍ではリリーフ3試合登板に留まることに。総合して、ファイターズ時代はなかなか結果を残すことが出来なかったのですね。
2023年オフにバファローズへトレード移籍
2023年11月、バファローズの黒木優太選手との交換トレードでバファローズに移籍することとなった吉田輝星選手。2024年シーズンはリリーフとして自身初の開幕一軍入りを果たすもシーズン序盤は苦戦し、5月末に抹消。それでも10日ほどで再昇格すると、16試合連続無失点など好投を続け、シーズン50試合登板で防御率3.32、4勝14ホールドと文句なしでキャリアハイの成績を残しました。ただ、9月28日に右肘の違和感を訴えて緊急降板、右肘が疲労骨折していたことが明らかになりました。
2026年は再起を図るシーズン
2025年当初は保存療法でリハビリを続けていた吉田輝星選手。しかし右肘内側側副靭帯機能不全、更に右肘内側側副靭帯遠位部骨片剥離の診断を受け、3月にトミージョン手術を受けました。2026年は再起を図るシーズン、少しの出遅れはあったもののキャンプ中から登板することはできており、ファーム公式戦では8試合に登板。自責点は0と、内容もしっかり伴ったものを見せ、満を持して4月25日に一軍復帰登板を果たしました。現在は火消し的起用も目立ちながら、しっかり一軍の勝利に貢献していますよ。
出典:(パーソル パ・リーグTV公式)PacificLeagueTV
最後に
今回は吉田輝星選手の引退が噂される理由などについて紹介しました。新天地でキャリアハイの活躍を見せた矢先の離脱となってしまった吉田輝星選手。待ち遠しかった復帰も果たし、これからの活躍から目が離せません!









