山本一義(カープ)死去。広島市中区の病院にて。通算成績。中国新聞の「生きて」コラム。金本監督の恩義

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山本一義(カープ)死去。広島市中区の病院にて。通算成績。中国新聞の「生きて」コラム。金本監督の恩義今年のプロ野球は広島カープの優勝が大きな話題を呼び、
この先のプレーオフにて、悲願の日本一が期待されています。

そんなカープな長年支え続けた山本一義さんが、
9月に亡くなっていたことがわかったそうです。

カープ愛を大切にするために、
9月10日に優勝したカープに気を使い、
公表をずらしていたそうです。

山本一義(カープ)死去。広島市中区の病院にて

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1960年代から70年代にかけてプロ野球広島の主軸打者として活躍し、ロッテ監督などを務めた山本一義(やまもと・かずよし)さんが9月17日午後9時4分、尿管がんのため広島市の病院で死去したことが3日、分かった。78歳だった。広島県出身。告別式は家族葬として済ませた。

9月10日に広島が25年ぶりのセ・リーグ優勝を果たし、祝賀ムードに水を差したくないとする故人の意向で、遺族が公表を控えていたという。
引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161003-00000090-jij-spo

遺族のカープファンへの気遣いは、
本当にグッときまし。

最後に愛したカープが優勝してくれたことは、
山本一義さんにとって、これ以上ない幸せだったでしょう。

ロッテの監督としても馴染み深く、
今の40代の監督コーチ陣には、
山本一義さんに恩のある方が多いでしょう。

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山本一義さんのカープ時代の通算成績。現役時代はどんな選手?

実は山本一義さんが引退した1975年は、
広島が初めてのリーグ優勝を決めた年です。

長くカープに貢献した選手ということで、
古くからのカープファンからは根強い支持を受けてます。

広島商高から法大を経て、61年広島入団。強打の左打者として1年目から89試合に出場した。15年間で5回、打撃10傑入り。タイトル獲得はならなかったが、ベストナインに2回選ばれ、オールスター戦にも5回出場した。

広島がリーグ初優勝した75年限りで現役を引退。通算1594試合、1308安打、打率2割7分、655打点、171本塁打だった。

引用元:引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161003-00000090-jij-spo

15年間で打率2割7分はかなり好打者ですね!

通算成績を見てる限りでも、シュアで美しい打者だったのがわかります。

山本一義さんの中国新聞の「生きて」コラム

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山本一義さんは中国新聞にて、
「生きて」というコラムに関連されていました。

今年のカープの快進撃の裏に、
過去にカープにどんな時代があったのか?

特に70年代のカープを語る上で、
山本一義さんは重要な選手でした。

この「生きて」は、プレーオフに広島が戦う前に、
ファンなら目を通しておきたいコラムだと思います。

山本一義さんへの金本監督の恩義

山本一義さんは現役時代から指導者時代まで、
多くの素晴らしい打者を育て上げました。

中でも有名何が、カープと阪神で活躍した、
現阪神監督の金本さんです。

金本さんの美しい打撃フォームは、
山本一義さんの指導の恩恵が強いとされてます。

退後は広島や近鉄(現オリックス)などのコーチを経て82年から2年間、ロッテ監督を務めた。

卓越した技術理論と美しい打撃フォームで知られ、熱心な指導で高橋慶彦、金本知憲ら多くの打者を育てた。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161003-00000090-jij-spo

金本さんはただ、山本さんから打撃理論学んだだけでなく、
連続フルイニング出場記録への影響も多かったと、
金本さんは記録達成の会見にて語っていました。

技術的なことだけでなく、
メンタル的な部分でも、
選手の信頼を得ていた、

大変素晴らしい指導者であったとわかります。


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