慶應義塾高校野球部監督の森林貴彦。経歴は幼稚舎の担任の脱サラ!(画像)

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慶應義塾高校野球部監督の森林貴彦。経歴は幼稚舎の担任の脱サラ!(画像)エンジョイベースボールで知られる慶應義塾野球部ですが、
甲子園に姿を見せると、風になびく長さの髪と、圧倒的な応援で甲子園の空気を我が物とします。

慶應の監督といえば、しばらく上田誠さんのイメージが強いですが、
2016年の秋より森林貴彦監督にバトンタッチしました。

せっかくの上田監督が定着させた、
エンジョイベースボールなのに・・・と、
一瞬、慶應野球の個性の紛失を危惧しそうですが、
新しく就任した森林監督も、なかなかの個性派の方なのです!

四字熟語で試合のテーマ

そもそもエンジョイベールボールというのは、
慶應の高校も大学も同時に掲げる、
系列での信念でもあるのです。

上田監督から森林監督に変わったとしても、
練習のほとんどを自分で考える自主練にあてる風潮は変わっていないのです。

慶應野球ホームページの森林監督の挨拶

ただし、誰が監督になろうと変わらないこと、守るべきことがたくさんあります。私が個人的にどうしたい、ではなく、創部以来130年近い伝統を持つ慶應義塾の野球部としてどうあるべきかを、常に念頭に置いて活動していきます。

慶應義塾の野球の底流にあるEnjoy Baseballを大切にし、追求していくことも我がチームの大切な務めの一つです。今のレベルより少しでも上達して高いレベルの野球を楽しむ気概を持つこと、そのための努力や工夫を怠らないこと、部員一人一人が独立していて自分から野球に積極的に取り組むこと、このようなことの積み重ねが、Enjoy Baseballを体現することに他ならないと考えています。

慶應の古き伝統を守るだけでなく、
森林監督流の野球のテーマがあるのです。

それは「四文字熟語」です。

森林監督は対戦する相手ごとに、
チームに四文字熟語でテーマを持たせているのです。

100回大会出場を決めた桐光学園との決勝では、
「初志貫徹」というテーマを持たせたそうです。

そんな監督だが、大会中は試合ごとに、四字熟語で試合のテーマを選手たちに送っていた。「夏前に『意思統一』と言ったら響いたので、大会中も1試合に一つできるんじゃないかと思いまして」。東海大相模との準決勝の前には「不撓不屈」のテーマを掲げ、この日の決勝は「初志貫徹」。「野球を始めたころの志や甲子園への憧れを最後まで貫いてプレーしてほしい」との思いからだった。引用:朝日

子供の頃からの甲子園への憧れを忘れないで・・・なんて素敵じゃないですか!

色んな角度からモチベーションを探してる部分で、
勝負事に挑むことを楽しんでるように思えます。

これが森林監督流のエンジョイベースボールというのなら、大変素晴らしいです。

2016年の秋から就任して、
東海大相模や横浜などの強豪校を倒し、
2018年には春選抜に出場するなど、
その監督としての腕の良さはOBも認めています。

しかし、これだけ素晴らしい監督さんが、
一体いつ、どこから出てきたのでしょうか?

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森林監督の経歴は幼稚舎の担任の脱サラ!

塾校野球部の監督に就任して以来、
面白いほどに戦果を挙げて、
慶應ファンの期待に答えている森林監督ですが、

実は、慶應幼稚舎の担任の先生だったのです!

今年の春選抜の慶應側アルプスには、
幼稚舎の子供が大勢応援に駆けつけたそうで、
そのことは当時もニュースになっていました。

超満員に埋まった三塁側慶応アルプスの一角から「もりば~」の声が響く。品良く紺色の制服を着こなした慶応幼稚舎の3年生約30人が、慶応・森林貴彦監督(44)に声援を送った。「授業が面白い!」「野球を一緒にやってくれる」「怒ると怖いけど…女子に優しい!」。9歳の児童たちが、みんな笑って口々に叫んでいた。

15年8月に就任した森林監督は、慶応幼稚舎で3年生36人の担任をしながら、高校野球の監督を務める異色の“二刀流”指揮官だ。甲子園入りした19日は終業式で、ホームルームで通知表を渡してから移動。翌日の卒業式は欠席した。引用:日刊スポーツ

森林監督は平日は小学校の仕事をしながら野球部のメニューを考え、
学生コーチやスタッフにラインでその内容を送信して伝え、
学校の仕事が終わってから電車に乗り込み監督の仕事に向かうそうです。

そんな激務、本当にこなせる人がいるとは・・・。

慶應の幼稚舎で先生をしながら、
強豪校の監督だなんて、
ハイスペックどころの騒ぎではありません。。笑

勉強と野球のエリートの両方に携える、
ある意味教育の二刀流ですね!

エリート中のエリートでいやらしくも見えますが、
実は脱サラをして、当時は色々と苦労も味わっているみたいです。

森林監督は慶大時代、慶応の学生コーチを務めた。卒業後はNTTに就職し、池袋支店の法人営業部に所属したが3年で退社。安定した大企業のサラリーマン生活を捨てて、指導者を目指して筑波大の大学院に通った。「コーチの時と会社では充実感が違った。野球がやりたいと会社勤めをしたことで、気づきました」

家賃3万5000円、築30年のアパートで1人暮らしをしながら教員免許を取得。つくば秀英(茨城)でコーチを務めるなど、指導者の道を歩んできた。引用元:日刊スポーツ

野球の指導者になるために、
エリート会社員を捨てたとは、
その野球への愛は本物です。

勉学とロマンの両方を持った男ということで、
男が惚れる男なのです。

家賃の安いアパートに住んででも、
野球の指導者の道を突っ走ったということで、
大人の明と暗の味を知る方として、
指導者としても魅力たっぷりです。

こういう素晴らしい監督をしっかりと確保できるあたりも、さすがは慶応といったところです。


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