安藤優也(阪神)が引退発表。会見と最終登板試合は?(引退試合予定日時)。現在までの通算成績と年俸推移(画像・動画)

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安藤優也(阪神)が引退発表。会見と最終登板試合は?(引退試合予定日時)。現在までの通算成績と年俸推移(画像・動画)阪神で長年活躍した安藤優也投手が、
ついに引退する意向を固めたようです。

前々から引退する噂がありましたが、
いざ本当になると悲しいです。

それでも阪神の低迷の原因の1つとされる、
主力の高年齢と衰えが、少しずつ変わっていく、
リアルな世代交代も感じられます。

阪神の安藤優也投手(39)が今季限りで現役を引退することが14日、分かった。15日に兵庫県西宮市内で会見する。チーム最年長投手として若手の模範となっていた右腕が、虎一筋の現役生活に終止符を打つ。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170915-00000003-spnannex-base

16年間も阪神一筋でやってきた英雄は、
地元で惜しまれながらもユニフォームを脱ぎます。

桧山選手の感動的な引退が記憶に新しいですが、
ついに安藤投手にもその時期が来るかと思うと、
なかなか現実を受け入れ難いです。

安藤優也さんの引退会見は9月15日に兵庫内で行われるようです。

安藤優也(阪神)が引退発表。会見と最終登板試合は?(引退試合予定日時)

安藤優也さんは引退会見で何を語るのか・・・。

16年間も阪神に所属していただけに、
チームメイトは家族のような存在だったはずです。

長年慣れ親しんだ故郷であることには間違いないと思いますが、
そこで男泣き売ることは確実といえます。

また、引退後はコーチなどに就任するのでしょうか?

現在の阪神の体制からすれば間違いないと思えますが。

くしくも背番号と同じ16年間。タテジマの16番を背負い続けてきた男が、ついにユニホームを脱ぐことを決意した。今季は大きな負傷もない中でここまで1軍登板なし。昨季チームに復帰した藤川や桑原の台頭もあり2軍で結果を出しても昇格の声がかからない日が続いていた。9月中旬に球団側と話し合いの場を持ち現役を退く意向を固めたもようだ。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170915-00000003-spnannex-base

今年はまだ1軍での登板はなく、
2軍でも28試合に登板して、
0勝0敗0セーブで防御率は4点台です。

引退の時期としてはタイミングがよく、
球団から苦渋の戦力外を受ける姿だけは見たくなかったので、
その部分に関して悪くない決断です。

それでもブルペンに立つ安藤優也さんの姿がないのは、
阪神ファンにとっては寂しい光景で、
伸び悩む若手を背に辛い状況が続きそうです。

14日現在、ウエスタン・リーグでは28試合に登板し0勝0敗、防御率4・10ながら、気さくに若手に助言を送り、野球に取り組む姿勢もお手本となっており、温和な性格で人望も厚い。チームの大功労者だけに、球団側は今季の甲子園最終戦で引退登板の機会を用意する予定。「あれだけの功労者ですし、その方向で考えています」と球団関係者が明かした。現状では25日のDeNA戦だが今後、雨天中止などがあった場合は10月にずれ込む可能性もある。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170915-00000003-spnannex-base

優勝もどん底も経験した安藤優也投手は、
阪神にとっては生きる教科書でした。

人間性も素晴らしく、
若手に贈る言葉にも重みがあり、
お手本にすべき良い人材であり続けました。

中継ぎが完成しない阪神にとっては、
安藤優也さんの過去の活躍は、
ノスタルジーさえ感じていることでしょう、

引退試合は9月25日の横浜戦が予想されていますが、
天候が悪いので、雨で延期も考えられます。

きっと涙なしで見られる最終登板を目撃することでしょう。

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安藤優也(阪神)の現在までの通算成績と年俸推移(画像・動画)

阪神を全盛期から支えた安藤優也投手は、
当然、チーム内では生きる宝物です。

通算で485試合に登板し、
77勝66敗、防御率3・56の成績を残し、
今年2017年の年俸も8800万でした。

大分生まれの選手でここまで活躍された方は少なく、
兵庫だけでなく、大分の方にとっても大切な存在なのです。

法政大学、トヨタ自動車と堅実な経歴を踏み、
2001年に契約金1億で阪神に入り、
そこから順調に年俸を上げていきました。

藤 優也(あんどう・ゆうや)1977年(昭52)12月27日生まれ、大分県生まれの39歳。大分雄城台、法大、トヨタ自動車を経て01年ドラフト自由枠で阪神入り。05年は11勝をマークし、08年から3年連続開幕投手。13年以降は中継ぎで活躍した。通算485試合、77勝66敗、防御率3・56。1メートル84、99キロ。右投げ右打ち。

2007年に9800万の契約を手にいれると、
2009年には1億2000万と最高年俸を更新されました。

2桁勝利を挙げる力を持ちながらも、
鉄壁の中継ぎとして活躍されました。

全盛期が過ぎた後も8000万台の年俸をキープできたのは、
その活躍の内容の良さが評価されてのことだったと思います。


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